島根の鼓動
日立金属安来工場
日立金属安来工場

鋼と安来節で知られる安来市は、
農業生産額でも県内2番目の豊かな地域だ。
今年6月に開設したインターネットのホームページは、
1週間で約1万件のアクセスがあった。
時代が刻々と変わろうとしている中で、
暮らしの充実と活性化に向けて一歩一歩、歩みを進めている。

マップ



和鋼博物館
和鋼博物館

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鋼と安来節の町に生まれる
新しい発想とエネルギー



 世界に認められるヤスキハガネの生産地、安来

「鋼のまち」。安来市は、自他ともに認める鉄産業が盛んな地域だ。
島根県東部の奥出雲地方は、良質な砂鉄が採れることから「たたら製鉄」といわれる和鉄の精錬法が発達し、江戸時代の後半から明治時代にかけて国内の鉄、中でも最高品質玉鋼の生産の主流を占めていた。その玉鋼の積み出し港として栄えたのが安来市だ。
現在、JR安来駅の裏側と中海の沿岸に巨大な日立金属安来工場が居を構えている。安来市の人口約3万2千人の内、この工場にかかわる人々はその3分の1とも2分の1ともいわれ、積み出し港という流通の町から生産の町に発展した、まさに鋼の城下町である。
しかし、安来市で生産されるのは、主に「ヤスキハガネ」という加工品の素材であるために、安来で生産された鋼が電子、通信機器の部品、また包丁やナイフ、かみそりの刃などの製品となり、国内のみならず海外でも最高の品質と認められ活躍していることは意外と知られていない。
そこで安来市は、現代社会を支えている安来の鋼への認識を深めようと、10月に新潟県の三条、岐阜県の関など全国の主な刃物産地の製品を一堂に集め、鋼の里婦りフェア「安来市刃物まつり」を今年の秋から継統事業として開催する。そしてゆくゆくは、加工までできる「鋼のまち」となることを目指している。

 暮らしに溶け込む郷土芸能「安来節」

安来千軒 名の出た所
社日桜に十神山
出雲旅路で安来のまちは
忘れられない唄どころ
           (民謡安来節)

こんもりとした十神山を写す波静かな中海のほとり、素朴な人間味あふれる風情の中から生まれた安来節は、単調なリズムでありながら繊細なこぶしが利いた民謡で、安来独特の民衆文化として多くの人々に親しまれている。
安来節は、江戸時代の中期、民衆の間に歌舞音曲が流行したころ、七七七五調の歌詞で原形ができ、安来港に入る諸国の北前船の船頭たちの影響を受けながら完成されていったという。そして、渡部お糸(初代)が富田徳之助とコンビを組み、大正年間から昭和の初めにかけて全国巡業を行ったことで全国的なブームとなり黄金時代を築いた。
現在は、4代目渡部お糸を中心に全国の人々に歌い継がれており、今や「安来節保存会」の会員は8千人を数え、国内最大の民謡組織となっている。毎年、「唄い初め会」、「お糸まつり」、「全国優勝大会」などが安来市で開催され、全国各地から愛好者が集まり、町は安来節に酔いしれる。
しかし、地元住民はおいそれと気軽に歌わない。
「安来は地元だから誰でもうまいのが当たり前だと思われているんです、だから、普段はなかなか歌えませんよ」と、地元の声。
あまりに全国的に知れ渡り、歌えばうまいのが当然と思われては、確かに気構えてしまう。
そこで安来市では、安来節を生涯学習の一環として取り入れ、公民館などで教室を開いている。声を出すことでストレス解消、健康づくりも兼ねながらのどを鍛えているのである。
また、保育所をはじめ小学校や中学校の授業にも取り入れられている。アラ、エッサーサーの掛け声とともに歌に合わせ、どじょうをすくうことに奮闘するコミカルな踊り「どじようすくい」、シャンシャンと歯切れの良い音が心地よく響く銭太鼓なども幼いころから体で覚えていく。
暮らしに溶け込んだ民衆文化が、安来の町を明るく、温かい町にしているのである。




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十神山を写す安来港

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7月に荒島地区で行われた“こーふんたべっちゃラリー”。特産の荒島石約50kgをかごにのせ、市内約4kmを走った

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「ふれあい館」として親しまれているJR荒島駅

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荒島地区活性化推進協議会「駅部会」の皆さん

敬老会での発表を控え、練習に
励む赤江保育所の子供たち

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クリスマス会でも“どじょう
すくい”が披露される

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 地元住民が生み出す、町の活気

鋼生産と民謡の盛んな安来市は、古墳の多い地域でもある。荒島地区には4世紀から6世紀にかけて造られたという造山古墳群があり、かつて安来平野に勢力をもった古代出雲を代表する豪族の墓と推定されている。安来市はその古墳群を3年の歳月をかけて整備し、平成5年に「古代出雲王陵の丘」を完成させた。
この公園を中心に今年7月、30年目の荒島祭りを一新し、地域の文化遣産を生かして地域の活性化を図ろうと、荒島地区の商工業者たちにより手作りイベントが開催された。中でも話題を呼んだのは、古墳の石積み作業を模した「こーふん たべっちゃラリー」だ。3人一組で、かごに特産の荒島石約50キロを載せ、地区内約4キロを巡るという競技で、この日18チームが参加し、炎天下、汗だくになりながら飲食店など10ヵ所のチェックポイント走りきった。その足音と歓声に、古代の豪族も驚いたに違いない。
このイベントを成功させた荒島地区には、平成5年に結成された「荒島地区活性化推進協議会」があり、趣旨に賛同した20代から80代の540人の会員が古墳、イベント、まちおこし、荒島史編纂、駅の5つの部会に分かれ各々の活動を展開している。荒島祭りもその活動の一つである。
また、この春には駅部会により、無人駅になり荒れていたJR荒島駅が再生した。「旅行者はもちろん、地元住民にも安来のことをもっと知ってもらいたいですからね」と、会長の石賀敬一(71)さん。
閉じていた駅事務室は改築され、「ふれあい館」と名付けられた。そして中には住民の好意で寄せられた本が置かれ、手工芸品、遺跡出土品、明治末期から昭和40年ごろまでの駅周辺を写した写真などが展示され訪れる人々の憩いの場となっている。
この会が結成されてから3年。会員は活動から、行動してはじめて気付くことの多さに驚いている。「ふれあい館」の利用者の喜びの声、荒島祭りの成功などから得た大小さまざまな感動。それは、荒島地区に生きる住民の大切な宝だ。
かつて、安来市が鋼の流通の町から生産の町に変わっていったように、また、安来節を生み出していったように、地域を創造し輝かせるのは、そこに生きる住民の発想と行動だ。しかも、その発想は安来節のように、ひねりとこぶしの利いたものでなければならない。


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