
![]() 田辺 聖子 田辺 聖子(たなべ せいこ) 小説家。 1928年大阪生まれ。樟蔭女専国文科卒業。'64年『感傷旅行(センチメンタルジャー二ー)』で芥川賞。'87年『花衣ぬぐやまつわる…』で女流文学賞。'95年紫綬褒章を受賞。'98年『道頓堀の雨に別れて以来なり』で読売文学賞、泉鏡花賞、井原西鶴賞をそれぞれ受賞。同年、エイボン女性大賞受賞。小説、エッセイ、古典の現代語訳、古典案内など著書は約200冊を超す。 |
出雲で美しいのは空と海だ。天空広闊、蒼海漫漫、吹きくる風もかぐわしい。 (ああ……なんて美しいところだろう……)。 −ふかい深呼吸をすれば、新しい生命力を身内にそそぎこまれた気がする。 そして、(美しい日本……)。という思いも湧いてくるのは、出雲は神々の郷ゆえである。天孫民族・出雲民族をひっくるめて、こここそ、神々の発祥の地、という気がする。神気みなぎって、満目清し、とでもいおうか。(この地にくらべれば、わが大阪などはあまりにも人間臭い蕃境である、というほかない) もちろん、その極めつけは出雲大社だ。私はここへお詣りするのをたのしみにする。(この地でいただく出雲そばも、むろんたのしみではあるが)神々の息吹に触れる思いで、かしわ手を拍つ。(ただいま)。といいたくなるのは、やっぱり、私が日本人であるからだろう。ただいま帰りました、というような気になるのも好ましい。 出雲の人に、(初詣はもちろん出雲大社でしょうね)。といったら、(はい、しかしその前に、熊野大社と八重垣神社へまずお詣りします。これは大国主命のお父さんお母さんのお社ですから、やはりその、ご両親のほうへ先にお参りしませんと。……)ということで、出雲ではまだ、本当に(神々)は人々の心の中に生きていられるらしい。 去年、出雲へ講演にいく機会があり、私はそのついでに(右のお社へお詣りしたあと)出雲国庁跡へ行った。柱の跡を示して杭が規則正しく打ちつけられている。 春先で緑が萌えはじめており、苑内にはつくしがおびただしく生えていた。−出雲国庁へ遠い奈良の都から赴任してきた人々は、この地のつくしやすみれ、梅の花を見て、都の春をなつかしんだだろうか。それとも、都には見られぬ、清爽なこの地の風景を愛して、ここにとどまる人もいたろうか。− 私はつくしを思わずたくさん摘んで持って帰った。柔らかくてとてもおいしかった。 |