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赤井英和
俳優。1959年生まれ。浪速高校からボクシングを始め、インターハイなどで優勝、近畿大学進学後、プロに転向し、12試合連続KO勝ちなどで“浪速のロッキー”と親しまれる。KO負け試合で生死の境をさまよい引退。引退後、自伝『浪速のロッキーのどついたるねん』を出版し、同書を映画化した「どついたるねん」で主役を務め、各種映画賞の新人賞を受賞。’94年、日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。現在、トレンディードラマや映画、CM、舞台などで活躍中。
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今から7、8年前のことです。私は、バラエティー番組のロケで初めて隠岐島を訪れました。季節は若葉の美しい頃でした。青々と茂った草原が一面に広がり、その向こうに青く澄みきった日本海が広がる光景を見て、私はとても感動しました。その美しさ、ダイナミックな景観はまさしく隠岐ならではのもの。「これは、世界遺産にすべきではないか」とさえ思いました。私は世界中を旅して、いろいろな風景に出会ってきていますが、それぞれの国で受けた感動と同じようなものが、隠岐の風景には感じられました。わずか一日程度のロケでしたが、緑の草原と青い海が広がる光景は深く胸に焼きつき、今でもありありとよみがえってきます。
そして、今年の冬、ドラマ「砂の器」の撮影で再び、島根県を訪れました。今回は仁多町の亀嵩と、石見地方のロケとなったわけですが、ここでも印象深い景色に出会いました。津和野町ではSLが走る姿に出会って、心の底からワクワクして、「うちの嫁さんと子どもにもSLを見せてやりたい」と思いましたね。
撮影の途中では、藁葺き屋根のある風景に出会いました。私は、とても感激をして、思わず携帯電話のカメラでその風景を写しました。古く大切なものがこうして残っていること、そして、残されているということは素晴らしいことだと思います。ちょうど、ドラマの撮影は回想部分でしたので、何十年も前の雰囲気と、四季折々の映像が必要でした。撮影地に積もった雪や自然の美しさ、こうした風景があるおかげで、回想シーンにぴったりの、美しい映像を撮影することができたのだと思います。
撮影は地元の皆さんにご迷惑をおかけすることもあるものですが、島根の皆さんには快く協力していただき、さらに、時には参加もしていただきながら、ロケを順調に進めることができました。心から感謝をしています。今度は、ぜひ、プライベートで家族一緒に島根へ遊びに行ってみたいと思っています。(談)

黒煙を上げ力強く走るSLは、町のシンボルとして親しまれている(津和野町)